趣味の総合サイト ホビダス
 

福島臨海鉄道

福島臨海鉄道再訪 その14

 今回は列車の写真です。
林の横を進むコンテナ列車
 福島臨海鉄道は常磐線とアンダークロスして泉駅では山側に入ります。
 写真の場所は、常磐線とのアンダークロスの手前となり、林の脇を線路が通っています。
 列車は54列車で、コンテナ車を連ねた編成です。
DD553単機
 54列車の帰りの55列車は単機で戻ってきました。
 撮影場所は午前中に撮影した陸橋近くの踏切脇です。
 踏切脇の家がガーデニングに凝っているようで、家の敷地を飛び出して線路際までガーデニングされていたので、線路際まで花が咲いているのです。
宮下駅を出発したコンテナ列車
 今度は56列車、だいぶ夕方の光線になってきています。
 宮下駅を発車して場内信号機の横を泉駅に向かっていきます。
 今回の福島臨海鉄道の撮影は、この列車の撮影が最後となりました。
 11月9日の水没する貨車の話は、東邦亜鉛小名浜精錬所の敷地内にあります。
 脇の道路が高くなっているので、構内を見ることが出来ます。
 貨車は検査切れのタキ5450形とタキ4000形の6両でした。

福島臨海鉄道再訪 その13

 宮下駅に留置されている貨車3種の写真です。
 3両とも検査切れとなっている車両です。
 金網越しでの撮影なのでちょっと見づらいですが、そのまま載せてしまいました。
宮下駅のホキ2532
 写真はホキ2500形のホキ2532です。
 ホキ2500形式は、石灰石の35t積みとして製造された車両で、この車両は1967年製の初期形になります。
 元々赤3号に塗られた車両ですが、色が褪せて錆止め塗装のようになっており、番号も消えていました。
 JRからは1999年には形式消滅しています。
宮下駅のタ2001
 タ2000形のタ2001です。
 10t積みのアルコール専用車として全3両が改造により製造されました。
 タ2001は、1941年にタム200形から改造車両のようです。
 貨物鉄道博物館にタ2001が収蔵予定になっているので、そのうちに輸送されるのでしょう。
宮下駅のホキ3508
 最後はホキ3500形ホキ3508です。
 30t積みのセメント専用車として製造された車両です。
 こちらは、1997年に形式消滅しました。
 保存が決まっているタ2001以外の車両は今後どうなるのでしょうか?
 やはり貨車といえど貴重な車両であるので、保存されるのを期待しています。

福島臨海鉄道再訪 その12

小名浜駅構内の様子 泉側
 朝方撮影していた泉側の踏切にやってきました。
 真ん中にいたホッパ車を、左側にの他の貨車の前に持って行ったところでした。
 朝の写真と比べると、貨車の位置が変化しているのが分かります。
DD561入れ換え中
 連結して長くなった貨車群を牽引して機関車がやってきます。
 この日の入れ替え担当は、DD561でした。
踏切上のDD561
 目の前を通過した機関車は踏切上で制動を掛けて停車します。
 すぐにポイントが切り替えられ、推進運転で他の線に転線されました。
 この踏切は、入れ替えを行っている間は、何度も遮断機が下りますが、交通量が多くないので渋滞にはなりません。
 行ったり来たりしながら入れ替えをしている機関車を見るのは、楽しいものです。

福島臨海鉄道再訪 その11

 小名浜駅の様子の続きです。
小名浜駅構内の様子終端部
 今でこそ終点の小名浜駅ですが、40年ほど前までは栄町駅まで線路は延びていました、
 そちら側から覗いた構内の様子です。
 カーブしている線の手前側の線路が、小名浜駅の駅舎前を通っているので、この線路が栄町まで行っていたのかもしれません。
入替機とDD552
 検修庫前をを道路から覗くと、入替機とDD552が停まっていました。
 朝に見た時は見えなかったので、検修庫内に入っていたことになります。
 入替機の方は、ボンネットの上に靴下らしき物が乗っています。
 天気が良くなったので、物干し台の代わりに使っていたのでしょう。
DD551とDD553
 検修庫の前から見たDD551のサイドです。
 手前ではDD553が休憩中です。

福島臨海鉄道再訪 その10

 埠頭本線の跡を辿った後、再び小名浜駅に戻りました。
 ぐるりと駅の周囲を歩いて回ります。
DD501の台車
 駅の近くには福島臨海鉄道の本社があります。
 本社の駐車場には、以前主力機として活躍したDD501の台車部分が保存されています。
 このDD501は新潟鉄工所で1960年に試作器的な要素を持って製作されており、1963年までメーカーから借り入れの形で使用し、その後正式に購入されています。
 1994年3月に廃車となりましたが、この鉄道の最初のディーゼル機関車だったため、台車だけが保存されたのでした。
小名浜駅駅舎
 小名浜駅の駅舎です。
 旅客営業を止めても駅舎自体は残っています。
小名浜駅構内の様子
 駅舎横の駐車場から構内を覗いたところです。
 先の方に見える機関車は、右が朝から活躍していたDD553、左が入れ換え作業の最中のDD561です。
 この日の入れ換え作業は、かなりの時間やっていました。
 普段も長いのかは分かりません。

福島臨海鉄道再訪 その9

 福島臨海鉄道でも他の臨海鉄道と同様に、全盛期に比べると線路の規模が縮小されています。
 宮下駅から現在は、泉~小名浜間の本線と東邦亜鉛の専用線しかありませんが、以前は埠頭本線や他の会社に向かっていた専用線が分岐していました。
埠頭本線の廃線跡
 小名浜埠頭方面に向かっていた埠頭本線の跡の様子です。
 レールは既に撤去されています。
 列車の運行は早い時期になくなっていたようですが、正式な廃止は2001年10月でした。
 突き当たりまで行くと道路があり、その先が埠頭になっています。
 左の道路の向こう側のコンクリートの壁の向こうには、工場の敷地内を走る線路が以前はありました。
埠頭本線の踏切跡
 埠頭本線の踏切部分にだけはレールが残っていました。
埠頭本線跡の勾配標
 踏切先のフェンスの隙間から覗くと、勾配標は残っていますが、レールはやはりありません。
 手入れされていないので、雑草が生い茂っています。

福島臨海鉄道再訪 その8

宮下駅を発車する貨物列車
 宮下駅から泉駅に向けて貨物列車が発車しました。(52列車)
 左側の線路から右側の本線まで、いくつもポイントを渡りながらうねうねとやってきます。
 左に見える場内信号機の腕木が下がり、出発を現示していることが分かります。
場内信号機の脇を行くDD553
 場内信号機の脇を列車は進んでいきます。
 この列車は泉駅でJR貨物に引き継がれ安中駅まで行きます。
泉から戻ってきたDD553
 泉駅からDD553が戻ってきました。(53列車)
 多くの貨車を期待していたのですが、空のタンク車2両だけの牽引で機関車も力を持て余し気味です。
 撮影場所は、宮下駅の場内信号機から少し泉側に架かる道路の陸橋からです。
 このタンク車は宮下駅で切り離され、機関車は小名浜駅へ単機で走り去りました。

福島臨海鉄道再訪 その7

東邦亜鉛小名浜精錬所から宮下駅に向かう列車
 東邦亜鉛小名浜精錬所から宮下駅に亜鉛焼鉱を積載したタンク車がやって来ました。
 福島臨海鉄道の本線牽引用の機関車の前部手すりには、回転灯が取り付けられているのですが、この時はピカピカと点滅させてやって来ています。
 この回転灯は本線を走行している時には点滅させていないので、専用線に入る時だけ使用のようです。
 専用線には遮断機も警報機もない踏切があるので、安全対策のためではないかと勝手に思っています。
宮下駅構内のタキ群と着回し中のDD553
 牽引されてきたタンク車は、宮下駅の右端の線で機関車から切り離され、機関車は左端の線を戻ってきます。
タンク車に向かう機関車と腕木信号機
 先ほどの機関車が、再び方向を変えて転線しながらタンク車に向かいます。
 左に見えている腕木信号機が宮下駅の出発信号機です。(泉側)

福島臨海鉄道再訪 その6

 東邦亜鉛小名浜精錬所の構内には、スイッチャーの他にも貨車が見えていましたので、今日はそちらの写真です。
東邦亜鉛小名浜精錬所のタキ34056
 タキ4000形式のタキ34056です。
 濃硫酸専用のこの車両は、1956年の日立製です。
 この工場からの濃硫酸の貨物輸送は現在はやっていないようなので、休車か廃車状態の車両だと思われます。
東邦亜鉛小名浜精錬所のトキ25000-2
 JR後に製造されたトキ25000(新)形式のトキ25000-2です。
 1999年に12両が製造された亜鉛精鉱専用車で、全車東邦亜鉛の私有車となっています。
 国鉄時代のトキ25000形式とはほぼ別形式のようで、車号の付け方も形式の後にハイフンを付けて区別しています。
東邦亜鉛小名浜精錬所のタキ15602
 タキ15600形式のタキ15602です。
 こちらは亜鉛焼鉱専用車で1969年に富士重工で製造されています。
 茶色くなっているのは、積み込み時に粉末が舞い上がるからのようです。
 そのためなのかは分かりませんが、積み込み時には積み込み施設前後のシャッターを閉め切っていました。
 トキ25000と一緒に安中駅までの貨物輸送に活躍中です。

福島臨海鉄道再訪 その5

 東邦亜鉛小名浜工場の脇に行くとコンクリートの壁があるため機関車全体が見えません。
 身長より高いので、大体方向を決めてシャッターを何回か切ってみました。
東邦亜鉛内のスイッチャー
 写真を見た結果、工場内に見えた機関車は日車のスイッチャーだと確認できました。
 これもオートフォーカス様々です。
 この写真を撮影している時には、スイッチャーのバックの建物に先ほどのDD553が建物の向こう側からタンク車を押し込んでいました。
 先で作業をしているDD553を撮影するべく近づいていったのですが、先に行くほどコンクリートの壁が高くなり、山勘での撮影も出来なくなりました。
 一旦脚立を取りに車に戻ります。
東邦亜鉛内のスイッチャー 2
 車に戻る際にスイッチャーを反対向きに撮影です。
 このスイッチャーは、東邦亜鉛の関連である東邦キャリアの私有機(車籍は福島臨海鉄道)のDB253で、1969年に日本車輌で製造された25t機です。
 この機関車の前歴は、編集長敬白8月28日付けのブログで紹介された、魚津の日本カーバイド工業の4両のディーゼル機の内の1両でした。(車籍は富山地方鉄道)
 1993年に廃車となり、その後こちらに来て使用されています。
東邦亜鉛構内で休むDD553
 車から脚立を持ち出し工場を覗いてみると、入れ換え作業を終了して休んでいるDD553が見えました。
 残念ながら活躍している姿は撮影できませんでしたが、休んでいるところを撮影しておきます。

KD55-101より

 2014年9月27日(土)

 姉崎機関区更新休止中。
 新・姉崎機関区は毎日更新中です。

 ●● 動画リンク先 YouTube ●●

 

blogram投票ボタン 新・姉崎機関区へ飛びます
姉崎機関区の裏側へ飛びます 姉崎機関区Yahoo支区へ飛びます
鉄道コム

 

2017年12月
« 9月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

アーカイブ