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西濃鉄道

2000年夏の名鉄撮影行 その28

 2000年夏の名鉄撮影行久し振りに続きです。

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 近鉄養老線の広神戸駅の撮影後は、東海道本線支線の美濃赤坂駅に行きました。
 目的はここから出ている西濃鉄道の様子を見るためでした。

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 この頃は実質の休止状態だった昼飯線を徒歩で辿って昼飯駅の構内を撮影しています。

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 当時の昼飯駅駅舎です。

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 この頃はまだ廃止前だったため踏切は残っていました。

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 踏切の脇には踏切小屋、これは10年後に再訪した時にも残っていました。

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岐阜・三重貨物撮影行 その15


 美濃赤坂駅まで列車を追いかけていくと、西濃鉄道のディーゼル機関車はすでに離れ、5781列車を牽引してきて待機していたEF66 21がホキの列に連結される瞬間でした。


 24両のうちの1両、ホキ9767です。
 全部のホキを撮ろうかと思いましたが、やめておきました。


 旅客列車もやって来ました。
 JR東海では定番の313系でした。


 西濃鉄道の機関車DD403は機関庫の中に戻っていました。
 昔はこの機関庫周りがもう少し撮りやすかった様な気がしましたが、家が増えたかな?


 EF66 21を先頭としたホキの列です。
 この後、5870列車として発車していきます。
 こちらも次の撮影目的に向けて移動です。

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岐阜・三重貨物撮影行 その14


 日が差して赤い鳥居が映えます。
 この状態で列車が来れば良かったのですが…。


 残念ながら列車が来た時には太陽が隠れてしまいました。


 カーブをホキの長い列が進んでいきます。


 まだまだ踏み切り通過中。
 石灰石満載なのでスピードはそんなに早くありません。


 ホキの最後尾です。
 ホキは24両ありました。

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岐阜・三重貨物撮影行 その13


 乙女坂駅まで戻ると、ホキへの石灰石積み込み作業が進んで、だいぶ前進して来ていました。


 積み込みを行いながら、車体に付いた粉塵を水を浴びせて落としているのが見えています。


 列車の撮影は、定番であるこの神社を絡めて行うことにしました。


 踏み切り標識に休日の列車運行についての、時刻付きの注意書きが付けられていました。


 神社の名前は石引神社、由来は見ての通りです。


 少し先の踏切から見たところです。
 どうやって撮影しようかな。

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岐阜・三重貨物撮影行 その12


 昼飯駅ヤードの終端側を見たところです。
 線路はさらに広がって5線分あります。


 奥にも荷役用のホームが残っていました。


 ヤードを横断する形で踏切があったのですが、廃止された今は、線路を埋めて舗装してあります。
 以前来た時はまだ埋めてなかったと思いましたが、記憶がいま一つです。


 別の角度からの駅舎です。
 この後は昼飯線の探索は終了して、市橋線の撮影に戻りました。

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岐阜・三重貨物撮影行 その11


 昼飯駅のヤードです。
 奥が美濃大久保駅方向になります。


 こちらが駅舎です。


 ひさしを支える金具がお洒落です。


 駅名の看板もそのまま残っていました。

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岐阜・三重貨物撮影行 その10


 昼飯駅のヤードには転轍機が残されていました。
 雑木、雑草に埋もれていたのが、刈られた感じがします。
 途中のレールが撤去されたばかりなので、レール撤去の一環だとちょっと嫌ですが…。


 昼飯駅のヤードに入ると、手前まで本線と側線の2本だった線路が、4本に広がりました。
 最盛期には多くの貨車が並んでいたのでしょう。


 駅舎と有蓋貨車の廃車体を利用した倉庫です。


 この有蓋貨車は西濃鉄道で使用していたワ108だった車体のようです。
 風雨にさらされ続けて見事な錆具合となっています。


 車体上部は錆びて表記類はまったく見えませんが、雨に直接当たらなかった台枠部分には、西濃鉄道の文字がはっきり残っていました。

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岐阜・三重貨物撮影行 その9


 隣にもホームと倉庫が残っており、こちらは木造で味があります。
 貨車の1両でも止まっていれば最高です。


 工場への小さな踏切だった場所の先からはレールが無くなってしまいました。
 工場の方の話では、つい先日剥がしたばかりだそうです。


 来た方向を振り返ったところです。
 こちらに残っているレールもいつ撤去されてもおかしくはありません。


 しばらく進むとレールが復活します。
 切られた部分のレールの間には小さな花が咲いていました。


 昼飯駅の構内までやってきました。
 駅舎はまだ健在で一安心です。

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岐阜・三重貨物撮影行 その8


 美濃大久保駅から昼飯駅へ向かう廃線跡にもレールは残っていました。
 ここから歩いていかないで、一旦道路に迂回します。


 道路に出るとすぐに踏み切りの跡があります。
 こちらは美濃赤坂~美濃大久保間の踏み切りでした。
 左側にある踏切小屋とレールは残っていますが、踏切用のワイヤーの枠が無くなりました。


 踏切小屋はかなり朽ちてきましたが、まだ残っています。
 ワイヤー昇降用の巻き上げ機も残っていました。


 踏切跡から見た美濃赤坂駅方向の様子です。
 こちらもずっとレールが残っていそうな感じですが、今回は確認していません。


 少し先で昼飯駅に向かう線路に戻りました。
 美濃大久保駅方向を見るとレールは残っていますが、泥地になっていました。


 線路は2本になり、貨物を積み降ろしていただろう短いホームと倉庫が現れました。
 さらに進みます。

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岐阜・三重貨物撮影行 その7

 西濃鉄道には市橋線の他にも昼飯線がありましたが、2006年に廃止となってしまいました。
 もっとも廃止となるかなり前の1983年には休止となっていました。


 写真はその昼飯駅の唯一の中間駅であった美濃大久保駅構内の様子です。


 構内の奥には荷物の積み降ろしに使用したホームが残っています。


 美濃大久保駅はスイッチバック構造の駅になっており、美濃赤坂駅からやって来た列車は終点の昼飯駅方向には進行方向を変えていました。
 写真の左が美濃赤坂方向、右が昼飯方向になります。


 向きを変えて奥の貨物ホーム方向を見たところです。


 こちらの線路は美濃赤坂駅から続く線路です。
 休止線だった頃に全線歩いたことがあり、美濃赤坂駅から美濃大久保駅は1.1キロです。
 距離は短いのですが、美濃赤坂からずっと上り勾配なので、ちょっと疲れます。


 昼飯方向への分岐から見た駅構内の様子です。
 ここから昼飯駅まで歩いてみます。

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KD55-101より

 2014年9月27日(土)

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