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【廃線】 士幌線

道央・道東撮影行 その104

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 交通公園の看板の先には駐車場がありました。

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 駐車場の先にはパターゴルフ?のコースらしき物が広がっていました。

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 上士幌駅の変遷という案内看板があったので、ここが上士幌駅の跡の様です。

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 参考にした本では上士幌駅の跡には2両の客車が置かれていると書かれていましたが、どこにも見当たりませんでした。

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 よく見ると芝生が一部が長方形に欠けています。
 長さ的に客車2両分ぐらいありそうだったので、撤去されてしまった後だと思われました。
 ちなみにここにはライダーハウスとして置かれていた、オハ46 506とオハ62 94があったようです。

 ちなみにこの上士幌駅には北海道拓殖鉄道も来ていました。
 バス待合室の裏手にも公園が延びており、土地の寄贈者として北海道拓殖鉄道の文字も記載されていました。

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道央・道東撮影行 その103

 士幌駅の跡から士幌線の跡を辿ったつもりが途中で見失い、北平和駅の跡は発見出来ませんでした。
 そのまま上士幌駅の跡へ向かいます。

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 上士幌駅の跡を探しているとバスの待合所がありました。
 ここは拓殖バス・十勝バスの上士幌7区と言う停留所でした。

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 待合室の裏手に回ると木の下に気になる物がありました。

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 折れてしまってはいる物の国鉄の境界標です。
 ここが士幌線の跡地だと分かりました。

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 待合所から道路を挟んだ向かいを見たところです。

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 交通公園と書かれた看板があります。
 ここが上士幌駅の跡なのかな?

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道央・道東撮影行 その102

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 士幌駅の跡に保存されている3両の貨車達を見てみました。
 写真手前の車両はヨ3000形のヨ4842です。
 折角屋根があっても、かなり錆が浮いた状態になっています。

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 横から見たところです。

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 こちらはワム80000形のワム187711です。
 他の車両もそうですが、車番の数字以外の標記はありませんでした。

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 もう1両のワム80000形のワム187936です。
 こちらも錆が酷い状態でした。

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 ワム187936の銘板です。
 国鉄の銘板は割れています。
 もう一枚の製造銘板は、川崎重工、富士車、ナニワの3社が書かれた物でした。
 どういう分担だったのだろう?

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道央・道東撮影行 その101

 士幌駅跡続きです。

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 駅舎前から帯広方向を見たところです。
 下りホーム側には保存車両もあるのでした。 

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 士幌駅構内の様子です。
 保存されているのは、車掌車のヨ3500形が1両、ワム80000形が2両です。

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 下りホーム側から見た駅舎の様子です。

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 こちらは十勝三股方向を見たところです。

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道央・道東撮影行 その100

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 士幌駅駅舎のホーム側です。

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 転轍テコが並んでいました。

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 転轍テコを横から見たところです。
 ケーブルは上に延びています。

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 上りホームへの構内踏切があった場所です。

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道央・道東撮影行 その99

 士幌線跡探索は駒場駅跡に続いて武儀駅、中士幌駅を探しています。
 近くまで行っていたのですが、場所を確定できずに終わってしまいました。

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 駅舎の残る士幌駅までやって来ました。

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 駅舎入り口の様子です。
 サッシのドアがあり若干改装されている様に見えました。

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 士幌駅跡は士幌町の史跡として指定されているようです。

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 駅名標もありました。
 士幌駅のではなく見つけられなかった中士幌駅の駅名標です。

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 並んで本来の士幌駅の駅名標もありました。

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道央・道東撮影行 その98

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 道路が終わった先の緑地帯の様子です。
 この辺りが駒場駅があった場所だと思われました。
 奥が十勝三股方向です。

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 振り返って帯広方向を見ています。
 真っ直ぐ辿ってきた道路です。

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 よく見ると拓殖バスの駒場ターミナル停留所がありました。

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 バス停には立派な待合室もあります。
 自転車置き場もあるので駅舎が会ったのがこの辺りだと思われます。

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 ききょうの里と書かれた看板には、ここが士幌線駒場駅の跡だとちゃんと書いてあり、この場所が駅の跡だと確定できました。

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道央・道東撮影行 その97

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 音更駅から隣駅の駒場駅に向かって士幌線跡を探索します。
 砂利道が線路の跡と思われ、帯広方向を見ています。

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 振り返るとこちら側は舗装された道路となっていました。

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 舗装された道路を進むと士幌線跡の道路はこの先で終わりのようです。

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 道路の先は緑地帯になっており、国鉄事業団北海道支社のポールが立っていました。
 廃線跡だと言うことは間違いなかったようです。
 続く。

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道央・道東撮影行 その96

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 音更駅跡の保存蒸気機関車『48624』続きです。

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 調べるとこの機関車はここに展示される前は帯広工場に教材用として置かれていたものでした。
 台枠など下回りは『38667』の刻印が一番多いらしく、肝心な『48624』の刻印は無いようです。
 保存車両として保存した車両ではなく、ただの教材だったので、ただパーツが寄せ集められた形になっているのかもしれませんね。
 ちなみに『48624』は1963年8月に帯広で廃車、『38667』は1965年4月に釧路で廃車となっています。

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 炭水車も同様にカットされて構造が分かる様になっています。
 実は機関車側と連結されていない状態での展示です。

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 炭水車を後ろから見たところです。

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 最後に展示の由来の書かれた石碑を撮影して次の場所へ進みましょう。

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道央・道東撮影行 その95

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 音更駅跡の保存車両、最後の1両は8620形蒸気機関車です。
 煙室扉が開いた状態で展示されていました。

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 開いた煙室扉の向こうに空が見えました。
 研修用のカットモデルだったらしいので、横に穴が開いているのです。

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 穴が開いていない側から見たところです。

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 ボイラーには昭和29年(1954年)5月の刻印がありました。
 ボイラーを載せ替えているのでしょう。

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 ナンバープレートと製造銘板です。
 『48624』『大6・汽車』になっていました。
 でも『48624』は大正10年度の川崎造船所の製造だったはずなので、どちらかが違うんじゃないかな?

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KD55-101より

 2014年9月27日(土)

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