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月別アーカイブ: 2008年2月月

秋田撮影行2008 その2

 2008年2月29日(金)、本日の話は、かなり間が開いてしまった、1月19日のブログの続きです。
 鷹ノ巣駅で元よねしろ用のキハ58を撮影した後は、大館駅までやって来ました。

大館駅に停車中の701系電車
 大館駅で下車すると、反対側のホームには701系電車が停車していました。

大館駅秋田方面を見る
 ホームから秋田方面を見た写真です。
 左側に見えるホームの向こう側にはJR貨物の駅が見えています。
 この撮影行の主目的の小坂鉄道もこの駅から分岐しているのですが、駅は別の場所にあるのでした。

大館駅駅名標とキハ110系
 大館駅の駅名標と鷹ノ巣から乗車してきたキハ112-112です。
 この後、鷹ノ巣駅のコインロッカーに荷物を預けて列車の撮影に向かうつもりだったのですか、鞄が大きくてロッカーに入らないので大誤算です。
 上野駅のコインロッカーには入ったので、油断していました。
 荷物を持ったままでは行動が縛られてしまうので、今日の宿として予約していたビジネスホテルまで行って預ける羽目になっています。
 おかげで時間をロスしています。

2008年2月29日の蘇我駅

蘇我駅でのEF66 127
 2008年2月29日(金)、本日蘇我駅で撮影した57列車は、EF66 127が牽引機でした。
 今日はいつもより仕事の終わりが遅かったので、57列車、5976列車、5974列車の撮影となりました。
 57列車は梅田行きなので蘇我では珍しいEF66の運用となっています。

東北乗り鉄の旅 その33

キハ110盛岡駅に到着
 宮古駅から2時間ほど掛けて18時に盛岡駅に到着です。
 宮古で満員になったままだったので、椅子に座れなかった人はずっと立ったままで大分疲れた様子で降りていきました。
 とりあえず座れて良かったけど、朝から列車に乗り続けているので、体が痛くなっていました。

盛岡駅駅名標
 盛岡駅の駅名標です。
 こちらは、JR東日本といわて銀河鉄道との接続駅となります。
 朝、金田一温泉駅で乗車した列車は9時23分発の盛岡行きでしたので、二戸で降りずに乗車していれば、盛岡駅に10時54分着だったのです。
 いかに遠回りしてきたかが分かります。
 ここまで8時間半、でもここから千葉まで4時間以上乗るのでした。

役目の終わったキハ58達
 盛岡駅の構内には、お役ご免となったキハ58達が並んでいました。
 今回最終日の行程に山田線を組み込んだのは、まだ旧型気動車に乗れる可能性があると思ったからでした。
 計画を立てた後に、前日が旧型気動車の最終日だと知りましたが、宿の関係で行程が変更できなかったのです。
 山田線の車内でも、地元の乗客が前日は写真を撮りに多くの人が来ていたことをしゃべっていたのが聞こえていたので、非常に残念でなりません。
 この後は、盛岡駅で買い込んだ駅弁を食べながら新幹線で東京へ、そして千葉まで戻りました。
 これで東北乗り鉄の旅の話は終了いたします。

2008年2月27日の蘇我駅

蘇我駅でのEF65 1055
 2008年2月27日(水)、蘇我駅での8966列車はEF65 1055が牽引機、と言いたいですけど、牽かれる貨物が無い単機でした。
 前日の500番台と違ってPF形の貨物色は他には誰も撮影していませんでした。
 それが普通の状態ですけどね。

東北乗り鉄の旅 その32

 宮古でやっと遅い昼食にありつけました。
 駅前の食堂で食べた海鮮丼(だったかな?)が味は濃い目でしたけど美味しかったので満足です。

JR宮古駅駅舎
 写真はJR側の宮古駅駅舎です。
 三陸鉄道の駅とはちょっと間を開けて並んでいました。
 ここでの列車の接続は悪く、昼食後に町を散歩しても時間が余ってしまうほどです。

到着した山田線列車
 釜石方面から山田線の列車が到着しました。
 山田線自体は盛岡~釜石での路線なのですが、宮古駅を越えて直通する列車がなく、釜石側と盛岡側では別の路線みたいな感じです。
 釜石側は釜石線と関連が強いようで、直通列車が存在しています。

山田線のキハ110-130
 列車の発車時刻が近くなるまでは改札を行わないので、改札前で並んでじっと待っていました。
 おかげで構内をじっくり観察する間もなく乗り込む羽目になりました。
 盛岡まで乗車する列車はキハ110による単行列車、三陸鉄道とは違い、乗客が多くて立ち客が出ていました。
 釜石方面に向かう列車が4・5両の編成だったのでギャップが激しいのです。
 ほとんど途中駅での下車はなかったので、立ち客は終点盛岡まで立ちっぱなしになっていました。
 ただでさえバスの人気が高いのに、これではさらに客が逃げると感じました。
 私も分かっていたら、三連休パスがあってもバスに乗っていたと思います。

2008年2月26日の蘇我駅

 2008年2月26日(火)、本日はいつものように仕事帰りに京葉線電車から降りると、1番線に三脚が並んでいました。
 話を聞いたら8966列車はEF65 535が牽引機だそうで、みんなしっかり情報を押さえてますね。

蘇我駅でのEF65 535
 さすがに人気機だけあって、人数を数えた時点で15人がカメラを構えてました。
 その後も何人か来ていたので20人近くいたでしょう。
 ちなみに京葉臨海の機関車はKD60 1でした。

東北乗り鉄の旅 その31

宮古駅の36-209
 北リアス線を乗り通して宮古駅に到着しました。
 ここまでお世話になった36-209は、1時間以上後の久慈行きの列車として折り返すようです。

三鉄宮古駅駅舎内
 三陸鉄道宮古駅の駅舎内の様子です。
 左側が切符売り場になっており、写真に写っていない部分に売店があります。
 売店のレジも切符売り場が兼ねており、お土産の南部煎餅と三鉄赤字せんべいと記念の硬券入場券を一緒に購入しています。(さすがに切符と商品は別精算していました)
 ここで買った三鉄赤字せんべい、あまりにもネーミングがストレートだったので、増収に寄与するために思わず買ってしまいました。

三陸鉄道宮古駅駅舎
 駅舎の外に出て外観を撮影です。
 久慈駅とは違いJRの構内とは直接繋がっておらず、別になっている駅舎を一旦出ての乗り換えとなります。

東北乗り鉄の旅 その30

 久慈駅から宮古駅までの三陸鉄道北リアス線には1時間半の乗車となります。
 乗車した車両の車内にはジュースの自動販売機があり、短い乗り継ぎ時間だったので助かりました。
 乗っている36-200形はジュースの自動販売機があるのですが、付いていない車両は36-100形になり、自動販売機の有無で形式が変えてあるようです。

野田玉川~堀内間橋梁上からの風景
 北リアス線に入ってからも海が見える場所はありますが、八戸線区間に比べると高い位置から見る場所が多くなりました。
 鉄建公団で造られた線路だったはずなので、海岸線を縫う線形ではなくなっているようです。
 写真は野田玉川~堀内間の橋梁上からの車窓です。
 この橋梁上では、景色を楽しんでもらうために、橋梁上で停車してサービスしています。

野田玉川~堀内間橋梁上からの風景
 橋梁上で停車している時の車内です。
 みんな橋梁から下を眺めていました。
 この先途中までは海が見えていたのですが、だんだん山の中を走るようになり、トンネルも多くなります。
 位置は忘れましたが長いトンネルがあり、トンネル内にイルミネーションが輝いていました。
 でも一瞬で通過してしまいました。

田野畑~島越間の車窓
 途中、田野畑~島越間(たぶん)で車窓に三陸鉄道の車両もどきが見えました。
 正体は、水門の機器室を車両に見立てて塗装した物です。

東北乗り鉄の旅 その29

 約2時間の八戸線列車の旅も、終点の久慈駅に到着したので終わりです。
 景色が良かったため、飽きずに乗車できました。

久慈駅八戸線ホーム
 久慈駅では改札を出なくても三陸鉄道に乗り換えできる構造となっていました。
 三陸鉄道へ乗り換えるために跨線橋に上がります。

久慈駅三陸鉄道ホーム
 跨線橋を渡り三陸鉄道のホームに行くと、ここから乗車する列車が待ちかまえていました。
 ここからは三陸鉄道の36-200形の36-209にお世話になるようです。
 この駅でお昼になったので昼食を食べたいところですが、乗り継ぎ時間が10分ちょっとなのでここでは見送ることに。
 ご飯を食べて後の列車にすると今日の内に家に辿り着けないのです。
 ローカル線の旅は良いのですが、現実には本数の少なさで行動はかなりの制約を受けてしまいます。

久慈駅三陸鉄道ホームと八戸線ホーム
 三陸鉄道のホームと八戸線ホームです。
 ホームの位置はお互いにずれて設置されていました。

三陸鉄道久慈駅駅名標
 三陸鉄道久慈駅の駅名標です。
 下に書かれている「不思議の国の北リアス」は何のことかなと思っていたら、久慈広域観光のキャッチフレーズだそうです。
 観光客誘致のために色々な活動をやっているようでした。

東北乗り鉄の旅 その28

 乗車した列車は八戸から出た辺りでは、結構な乗客数があり車内は賑わっていましたが、先に進むにつれてローカル線らしい車内の空き具合になっていきました。
 おかげでゆったり車窓を眺めることが出来ます。

鮫~陸奥白浜間の車窓
 以前この辺りには来たことはありますが、車での移動だったので八戸線に乗車したのは初めてです。
 予想していたより海が良く見えるので旅の気分に浸れます。
 写真は鮫~陸奥白浜間からの海です。

陸中八木付近の車窓
 陸中八木付近に来ると本当に線路のすぐ近くが海でした。
 写真は車内から撮ったものですよ。

車内から見た陸中八木駅
 間もなく到着した陸中八木駅の向こうは漁港でした。
 この駅はJRで一番最後まで腕木信号機を使用していた駅として名前は知っていました。
 撤去されてからもう2年経ってしまっています。
 まだほんの一部の鉄道で残っていますが、そろそろ絶滅してしまいそうです。
 車両の動態保存があるなら、こういう施設も動く状態で保存してもらいたいものです。

KD55-101より

 2014年9月27日(土)

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