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月別アーカイブ: 2007年5月月

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その25b

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 線路跡を辿って海から山へ向かいます。
 ベルトコンベアのルートは別ルートになっていました。
 目の前の道路が国道です。

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 国道を過ぎてすぐにレールが現れました。
 (仮設住宅氏撮影)

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 少し先に行ったところの線路跡の様子です。
 海の方向を見て撮影しています。
 線路跡に沿う形で電信柱が並んでいるのですが、よく見ると間に架線柱が残っています。
 国見山石灰鉱業の専用線が廃止される前はディーゼル機関車牽引による非電化の路線でしたが、昔は電化されており、南海の旧型電気機関車が活躍していたりもしたのです。

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 振り返って山の方を見ても架線柱が残っていました。

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 さらに先まで行くと道路と併走する様になります。
 周囲には民家などが無くなってきました。
 (仮設住宅氏撮影)

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 山をトンネルで抜けている別ルートになっていたベルトコンベアが、線路跡の上になりました。
 海に近い方は民家があるので、騒音対策のために別ルートにを取ったと推測しています。
 海の方を見ての写真です。
 (仮設住宅氏撮影)

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 こちらは山の方を見ての写真、レールがなくなってPC枕木だけが並んでいました。
 (仮設住宅氏撮影)

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三重・和歌山・愛知撮影旅行 その25a

 伊勢神宮を観光した後は三重県南東町に向かいました。
 南東町には国見山三重鉱山があり、石灰石・砕石を産出しています。
 以前は産出した石灰石を専用鉄道で、港まで送り船に積み替えて輸送していました。
 トワイライトゾーンマニュアルにも2回紹介されている場所なので様子を見に行ってみたのです。

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 海沿いの国道を走っていると船への積み出し施設と線路を発見しました。

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 線路は高架橋となって海に突き出す形となっている積み出し施設に向かっています。

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 すぐ横には巨大なベルトコンベアがありました。
 ベルトコンベアで石灰石が送られる様になったため、専用鉄道が廃止されたのです。

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 よく見ると高架になっている線路の手前側にも枕木の様な物が並んでいました。
 枕木としては長さが短い気もしますが、線路がここにもあったのだろうか?

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 積み出し施設の先端です。
 ここから船に積み込むのですが、土曜日のためか稼働していませんでした。 

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 別の場所から見た施設の様子です。

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三重・和歌山・愛知撮影旅行 その24

 2007年4月14日(土)、旅行2日目は午前中を伊勢神宮を中心とした観光に充てています。
 前日は伊勢市駅至近の宿に泊まっており、窓の外には伊勢市駅に到着する近鉄の列車が間近に見えてなかなか良い宿でした。

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 この日は早朝から伊勢の外宮に出掛けており、伊勢市駅の前を通りました。
 全国からのお伊勢参りに対応するだけの設備を持った駅です。
 もっとも内宮に近い近鉄宇治山田駅の方が活気がありました。
 写真はJRの駅舎ですが、JR参宮線の反対側には近鉄山田線の駅もあります。

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 こちらは、伊勢市駅を発車する鳥羽行きの快速みえ1号です。
 快速みえは、JR東海が名古屋駅~鳥羽駅間を関西本線・伊勢鉄道伊勢線・紀勢本線・参宮線経由で運行する快速列車です。
 以前はキハ65を使用していましたが、新型のキハ75形になりました。
 単線のためなのかよく遅れる列車のようで、この日も遅れていました。

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三重・和歌山・愛知撮影旅行 その23

 JR貨物塩浜駅から専用線が分岐しています。
 昭和四日市石油専用線と石原産業専用線の2本があります。
JR貨物塩浜駅から分かれる専用線
 塩浜駅からの専用線は2本が平行しています。
 左側が昭和四日市石油専用線、右側が石原産業専用線です。
 石原産業専用線の工場入り口まで行きましたが、中の様子は残念ながら見えませんでした。
 諦めて戻る途中でスイッチャーを発見、昭和四日市石油四日市製油所敷地内に見えました。
 車を停められなかったので、仮設住宅氏だけ降ろして写真を撮ってきてもらいました。
昭和石油四日市工場専用線のスイッチャー
 タンク車とともに薄緑色のスイッチャーがいました。(仮設住宅氏撮影)
 このスイッチャーの前にも黄色に緑のラインのスイッチャーがかろうじて見えています。
 こっちの車両の写真は撮れませんでしたが、カラーリングからして2台背合連結で使用しているスイッチャーだと思われます。
石原産業専用線
 石原産業専用線の途中の様子です。(仮設住宅氏撮影)
 右に写っている道路の更に右側に川を挟んで、昭和四日市石油の専用線があるのです。
 この写真が初日の最後となり、宿がある伊勢市まで向かいました。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その22

 JR貨物の塩浜駅に隣接して近鉄名古屋線の塩浜駅があります。
塩浜検修車庫のデ32
 近鉄の駅に隣接して、車両工場の塩浜検修車庫も存在しています。
 駅の連絡通路から覗くと、1983年に廃車となった元デ31形デ32の入替車が顔を出していました。
 写真の通り、研修車庫のすぐ隣が駅となっています。
駅の四日市側からの様子
 駅の四日市側に架かる陸橋からの様子です。
 昨年の9月に導入された電気検測車の「はかるくん」も見えていました。
21000系 アーバンライナーplus
 近鉄名古屋線には多くの特急が走っています。
 塩浜駅を撮影している間にも何本か走って来ましたので、21000系のアーバンライナーplusが撮影できました。
 この日の塩浜は貨物列車がメインだったので、近鉄の走行写真はこの写真だけです。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その21

 15時頃にJR貨物の塩浜貨物駅にやってきました。
 実は別行動の先輩と「13時頃松坂で昼飯でも食べましょう」と言ってあったのですが、全然約束を守りません。
 酷い後輩ですね。この場を借りてご免なさい。
JR貨物塩浜駅の貨車群
 JR塩浜駅の構内には、タンク車を中心とした貨車がずらりと並んでいました。
 写真はJRと近鉄を跨ぐ陸橋の上から撮影しています。
塩浜貨物駅のタキ105456
 写真は、タキ5450形のタキ105456です。
 タキ5450形式は、25t積の液化塩素専用車です。
 地元の京葉臨海鉄道浜五井駅にも旭硝子所有の常備車がいたので、以前はたまに見掛けていたのですが、最近は見掛けなくなっており、また、線路も錆びていた感じがしたので、輸送を止めてしまったのかもしれません。
塩浜貨物駅のタキ14738
 こちらの車両は、タキ14700形のタキ14738です。
 タキ14700形は30t積液化酸化エチレン専用車として1969年から製造されています。
 写真に写っているタキ14738は、現時点での最終製造車であり、2000年に日本車輌で製造されています。
塩浜貨物駅のDD51 1803
 構内にはDD51形ディーゼル機関車が3両おり、そのうちの1両がDD51 1803でした。
 JR貨物の愛知機関区に所属しているDD51形の800番台で、JR貨物新更新色を纏っています。
 この車両は愛知機関区に来る前は、千葉機関区に所属していたので、千葉時代にも写真を撮っているので、久しぶりの再会でした。
 新・姉崎機関区のJR貨物のページはこの文字をクリックで飛びます。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その20

 近鉄日永駅の撮影後、JR貨物の塩浜駅に向かって車を走らせました。
 JR南四日市駅の四日市側渡っている陸橋を走っていた時です、助手席から右側(四日市側)を見ていた仮設住宅氏が「スイッチャーいた!」と叫びました。
 線路を渡り切ったところで無理矢理Uターンして、車を停めてから徒歩で陸橋の上まで行ってみます。
三菱瓦斯化学四日市工場のスイッチャー
 陸橋上からは、関西本線に平行して線路があり工場の中に引き込まれているのが見え、青いスイッチャーが止まっていました。
 この工場は三菱瓦斯化学四日市工場です。
 ここから過酸化水素をISO規格のタンクコンテナにより輸送しているのでした。
 以前は過酸化水素専用のタンク車がいたのですが、コンテナ輸送に切り替わって全廃されています。
三菱瓦斯化学四日市工場のスイッチャーアップ
 スイッチャーを望遠で狙った写真です。
 このスイッチャーは、南四日市から分かれる2本の専用線と駅構内の入換えを請負っている、山九㈱が所有している3両のスイッチャーのうちの1両であり、協三の20t機です。
 他の2両は、日車の25t機とニチユの15t機です。
 少し離れた南四日市駅構内にも、もう一両のスイッチャーが見えていましたが、距離があるのでよく分かりませんでした。
 南四日市駅を覗きに行き掛けたのですが、道路の渋滞が酷く再びUターンして塩浜駅に向かいました。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その19

 近鉄八王子線の現役区間と内部線の分岐駅である日永駅までやってきました。
 この二つの路線とも、三岐鉄道北勢線と同じ特殊狭軌線、いわゆるナローゲージの鉄道です。
 旅客営業している他の特殊狭軌線は、現在では黒部渓谷鉄道しかありません。
近鉄日永駅のホーム
 近鉄日永駅の構内の様子です。
 左から内部線内部方面、内部線近鉄四日市方面、右のカーブしたホームが八王子線です。
近鉄260系モ261
 近鉄260系の近鉄四日市行きが到着しました。
 先頭からモ261+サ121+ク161の3両編成になっています。
 先頭のモ261とク161は1982年製造ですが、中間のサ121だけは1949年製のモニ220形を電装解除してサ120形へ改造した車両なので全く違う断面をしています。
内部線のホームと八王子線のホーム
 向こう側の2番3番ホームの様子です。
 右の八王子線のカーブがかなりきついのが分かります。
 ナローゲージならではの曲がり方です。
 八王子線が全線健在だった頃は、さらに右側にホームがあり八王子線の交換もあったそうです。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その18

 三重県には北勢線の他にもナローの路線が存在していますので行ってみました。
 その線は近鉄の八王子線と内部線です。
伊勢八王子駅跡
 まずは廃止された区間の伊勢八王子駅跡に寄ってみます。
 近鉄八王子線の路線名は、かつて終点だった伊勢八王子駅に由来しているのです。
 三重軌道が日永~八王子間を開業した後、様々な統合をして近鉄の路線となったのでした。
 1974年に並行する天白川の集中豪雨による水害で、堤防上にあった路盤が流されて日永~伊勢八王子間が休止となりました。
 近鉄は全線廃止を表明したものの、最終的には1976年に西日野~伊勢八王子間が廃止となっています。
 廃止となった駅跡は、バスの転回場として利用されていたようですが、バス路線が延長されたようで現在は使用していないようです。
伊勢八王子駅跡の待合所
 この場所の一角にバスの待合所らしきモノがあります。
 ベンチなどは近鉄でよく使われている物と一緒らしいので、廃物利用なのかもしれません。
伊勢八王子駅跡の待合所骨組み
 待合室の骨組みにもレールが使用されています。
 この場所周辺には近鉄の境界標や枕木製の柵も発見できました。

三重・和歌山・愛知撮影旅行 その17

 貨物鉄道博物館の後は、大安駅近くの中央児童センターへ行きました。
中央児童センターのED222
 ここの公園にはED22形機関車のED222が保存されています。
 この車両は、現在の大糸線の前身である信濃鉄道が、1926年に
輸入した信濃鉄道2号機です。
 米国のウエスチングハウス社が電気機器、ボールドウイン社が車体を製作したものです。
 国有化後、飯田線での使用を経た後の1956年に三岐鉄道へ移ってきた車両です。
 1984年まで使用された後に廃車となり、大安町に引き取られ静態保存されました。
 屋根はあるのですが、ライトなどが割られてしまっており、少し荒れ気味です。
 後ろに見えている青いガーター橋は、大安~三里間の宇賀川橋梁です。
ED222の製造銘板
 ED222の立派な製造銘板です。
 製造は輸入された前年の1925年になっています。
大安~三里間の下り電車
 宇賀川橋梁の反対側に回って、宇賀川橋梁を渡っていく普通電車を撮影したところです。
 桜は綺麗だったのですが、空は完全に曇ってどんよりしていました。

KD55-101より

 2014年9月27日(土)

 姉崎機関区更新休止中。
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