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月別アーカイブ: 2006年10月月

神奈川臨海鉄道探索 その1

 鉄道の日の10月14日は、神奈川臨海鉄道の浮島線・千鳥線を見に行っています。
 今回は仕事が明け番だった仮設住宅氏と、京急川崎駅で合流して行きました。
 神奈川臨海鉄道の浮島線と千鳥線は、JRの川崎貨物駅から分岐する形となっています。(昔の塩浜操車場)
 塩浜駅に行くには、京急大師線に乗って終点の小島新田駅で降りると目の前でした。
京急小島新田駅
 駅を出てすぐ左側にJRの貨物線を跨ぐ陸橋が架かっているので、そこへ上がります。
入れ替え作業中のDD5515
 上がると右から神奈川臨海鉄道の機関車がコンテナ車を牽いてやってきましたので、フェンスの隙間にレンズを突っ込んで撮影しています。
 列車は停止後、バックして行きました。
 どうやら塩浜駅の入換作業をしているようです。
 陸橋を渡っている最中に左からも神奈川臨海の機関車が通過していきました。
 こちらは浮島線からの単機回送のようです。
通過していく機関車
 単機で通過する機関車を撮影したのですが、手前にコンテナ車が停まっているのでちょっとしか写りませんでした。
 まずは浮島線を探索することにしてみます。

神奈川臨海鉄道本牧線を見に行った

 2006年10月8日(日)、田浦の次に向かったのは根岸線の根岸駅です。
 この駅から神奈川臨海鉄道の本牧線が出ているので見に行ってみました。
 根岸駅には石油輸送用のタンク車が多くいるとは聞いており、京葉臨海鉄道でタンク車はいつも見ているので同じような感じなのかと思っていました。
 いざ根岸駅のホームから見渡すと、根岸線に沿った側線にも多くのタンク車がいて、更にその向こう側の新日本石油(だったかな?)の構内には見渡す限りのタンク車の列がありました。
 この規模の違いにはちょっとびっくりしました。

根岸駅のタンク車
 時間的に光線状態と撮影地点が良くなく、たくさんタンク車が並んでいる写真の代わりに、側線側のタンク車をあげておきます。
 駅を出て桜木町方面に向けて線路沿いを歩いていきます。そこには神奈川臨海鉄道の機関車が待機していました。

神奈川臨海 DD5514
 そこにいた機関車はDD55 14号機、国鉄のDD13タイプの機関車です。
 機関車の先で線路沿いの道は終わります。広い通りに出て本牧ふ頭方面に歩いていくと、頭上を根岸線が横切っていき、その先で神奈川臨海鉄道の線路が現れます。
 その先は太い道路の右側に線路が続き、その隣の敷地は新日本石油の敷地がしばらく続きます。肝心な構内のタンク車が覗けるところは見あたりませんでした。
 線路が通っている太い道路の上には、首都高速道が走っています。
 歩くこと50分ほどで横浜本牧駅が見えてきました。線路の向こう側にも線路が見えています。そこに立っていたキロポストは4キロでした。
 この時点で16時半になっており、構内の写真を撮っても高速道路の影が伸びてまともに撮影できなくなっています。

横浜本牧駅の建物
 横浜本牧駅の建物だけ撮ってこの日は撤収、また後日再訪することにしました。

●● 大きな画像は準備中 ●●

【臨海鉄道】【根岸駅】【横浜本牧駅】【ディーゼル機関車】【神奈臨DD55形】【神奈川県】【神奈川臨海鉄道】【田浦の専用線と神奈臨本牧線訪問】

田浦の相模運輸倉庫専用線 その17

 海上自衛隊のフェンスに沿って左に行くと、自衛隊の門があります。
 その前まで2本の線路が来ていました。

自衛隊前の線路
 過去には自衛隊の中まで延びていたようですが、ここもこの先は辿れません。

自衛隊に続く線路
 自衛隊前から線路を辿っていくと2本あった線路が1本にまとまります。
 更にそこから歩いていくと見覚えのある倉庫がありました。

スタート地点の倉庫
 ちょうどこの倉庫のある場所が、この日の探索のスタート地点だったのです。
 やっと分かる範囲の線路を全部回ったことになりました。
 ここの専用線は一言で言って「楽しい」です。なかなか一般の鉄道では味わえない雰囲気があります。
 模型的にも配線を再現したら楽しいレイアウトが組めそうです。
 この専用線の当日は、根岸に出て神奈川臨海鉄道本牧線の様子を見に行ってます。
 このネタずいぶん長くなってしまいました。あまりにも長かったので日記形式だったブログを変更する羽目になりました。
 これでやっと違うネタに行けます。

●● 大きな画像は準備中 ●●

【廃線跡】【相模運輸倉庫専用線】【神奈川県】【専用線】【田浦の専用線と神奈臨本牧線訪問】

田浦の相模運輸倉庫専用線 その16

 砂利の山の向こう側は線路は見えませんがコンクリートの橋が架かっています。
コンクリートの橋
 その延長上には白い建物があります。これは最初の方に出てきた税関の建物で最初に合流してきたポイント跡に続いていたのでした。
再び税関前のポイント
 写真で右の線路の正面が砂利の山で、左の線路が最初に辿ってきた線路です。
 再び砂利山の前まで戻ります。
最後のポイント
 線路が合流した後、線路は真っ直ぐ進んでいきますが、その先でさっぱり跡が分からなくなってしまいました。
 そのまま前進するとフェンスがあり先には行けません。そこは海上自衛隊の艦船補給処でした。

田浦の相模運輸倉庫専用線 その15

 港の線路が消えた工事現場の資材置き場の先で、港は直角に曲がっています。曲がったところで資材置き場は終わっており線路がカーブしながら現れます。
資材置き場から出てきた線路
 線路の方も港に合わせて90度方向を変えたところで再び線路が合流してきました。
合流する線路
 合流してきた線路は砂利置き場に続いています。良く見ると砂利と一緒にショベルカーで掘り出されたのか、線路が曲がって上を向いていました。
砂利置き場の線路

田浦の相模運輸倉庫専用線 その14

 再び分岐点まで戻ってきました。
線路の分岐点
 正面の建物の右から写真を撮っている方向への線路が、米国政府使用施設方向から来た線路、建物の左側の道路の更に左に沿って港の荷物置き場へ向かう線路があります。
 元来た線路の先へ進んでみます。
港に面する倉庫と線路
 線路は港に沿って進んでいきます。港の前には大きな倉庫が建っていました。
港に架かる橋
 そのまま進んで行くとガーター橋が架かっています。しかし、ぱっと見ただけでは分かりません。
 何故分からないかというと ガーターの上にコンクリ-とがあってその上を線路が通っているからです。
 橋を海側から見るとちゃんと分かります。
 その先は線路の上が工事の資材置き場になっていました。

田浦の相模運輸倉庫専用線 その13

 駐車場の先の線路はプレハブの建物がある敷地へ続いていました。
 道路側からだと何も見えません。
 港側から回り込むとプレハブの建物の間にかろうじてレールが頭を出しているのが確認できました。
プレハブの間の線路
 写真真ん中の青いドラム缶の左下にレールが見えてます。
プレハブの間の線路のアップ
 上の写真のアップです。
港の荷物置き場の線路
 建物の敷地を過ぎると、港の荷物置き場に出ます。
 ここはアスファルトで舗装された広い敷地となっていました。
 建物の線路の延長戦を良く見ると線路の上からアスファルトを被せてしまっているのが分かります。
 線路が確認できたのはここまでで、この先はよく分かりませんでした。
長浦港から見た海上自衛隊
 ここの港の向こうは海上自衛隊の基地なので、自衛隊の船や潜水艦が見えています。だからといって殺伐としているわけではなく、ノンビリと釣りをしている人たちが多く見られました。

田浦の相模運輸倉庫専用線 その12

 線路が現れた先は再び道路になっており、線路はまっすぐ道路上に進んでいました。
道路に進む線路
 写真の左側が海になっており、長浦港になっています。
 道路上に出た線路は一部が舗装されて消えています。でもアスファルトを被せただけのようでした。
道路上の線路
 ちょうどこの地点は道路が合流する地点なので広々としています。
駐車場と化した線路
 2番目の写真の右側に車が駐車していますが、そこに近づくとここにも線路が発見できました。合流してきた道路にも線路があったのです。
 先にそちら側を見ることにします。

田浦の相模運輸倉庫専用線 その11

 米国政府使用施設で行き止まりになってしまったので、再び来た線路を戻っていきます。
 戻る右手にも建物があり、そちらにも線路があったような雰囲気が感じられました。
 そのまま戻っていくと、カーブを伴う簡単な踏切がありますが、その直前から線路が分かれていた跡があります。敷地の広さから考えると複線だったように感じます。
簡単な踏切
 写真の右手が米国政府使用施設。真ん中より左側の草が生えているところに向かって、以前は線路があったようです。
廃線跡の草むら
 こちらの線路跡地はすっかり草むらと化していました。
 踏切側では線路は発見できません。
廃線跡のレール
 直線のまま廃線跡は続いており、草むらが無くなったところから線路が姿を表しました。

田浦の相模運輸倉庫専用線 その10

 倉庫街から元の線路に戻ります。
 道路を挟んで平行していた線路と合流すると、単線となり、左右のカーブを繰り返しながら先に進みます。
 途中、明らかに左側から合流する線路があったらしき場所もありますが、そのまま先に進みます。
線路終端のフェンス
 その先にはまたまたフェンスが立ちふさがっています。
 しかし、今までのフェンスと違いここだけは先に進むわけにはいきません。
 なぜならここから先は米国政府使用施設、要するに米軍の施設だからです。
 さすがにここは入る勇気がありません。
米国使用施設の看板
 以前は、ここの港までアメリカから航空燃料を船で運んできて、ここまでの線路を使用して、厚木基地などへ鉄道で輸送していました。
 しかしながら、日本政府による「思いやり予算」とかで、日本による予算になり、燃料も国内での調達となったため、航空燃料の輸送自体が終了してしまったのでした。
米国使用施設の線路の先
 このフェンスの先を覗くと、線路は突然終わっています。
 その先はアスファルトで舗装されてしまっているのでした。
 良く見るとうっすらと左にカーブしていた跡は分かります。
 かなり以前はこの中もずっと先まで続いていたようであり、トンネル内の軌道終端の先も米軍の施設内まで延びていたようですが、確かめられません。

KD55-101より

 2014年9月27日(土)

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