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月別アーカイブ: 2006年7月月

東北撮影旅行 その10

 終点の岩手石橋駅はスイッチバック式の構造となっています。
 列車は勾配を上がりながら駅舎を通り過ぎたさらに奥で停止。
 ポイントを切り替え、推進運転で構内のホッパーにホッパ車を押し込んでいきます。
 このホッパーは石灰石を積み出すための大きな設備で、貨車6両に同時に石灰石を載せています。
 積み終わると機関車が貨車を押し次の6両で同じ作業です。
岩手石橋 石灰石ホッパ
 最後の貨車がホッパーの下に入ると、機関車は切り離され、ホッパーの脇を通って反対側に連結します。
岩手開発鉄道 岩手石橋駅発車
 全部の貨車に石灰石を積み終わると、ホッパーの中を抜けて反対側に押して行き、構内の奥まで行きポイントを切り替えて本線に出て行きました。
 写真は発車した列車が本線を走っていく姿で、一段高い位置の駅舎が左端に見えています。
 岩手石橋駅は駅舎だけでなく旅客ホームも残っていますが、線路は剥がされています。
 駅名標は真っ白にペンキで塗りつぶされていましたが、よく見ると文字が読み取れました。
 列車の撮影が終わり駅員の方に挨拶に伺うと、次に到着する列車が今日の最後だと教えていただけました。生産調整でその後の列車は運休です。
 お礼を言って、次の列車を撮影するために移動します。
 折り返して最終列車になる列車は、先ほど見送った列車と隣駅の日頃市駅で交換となっていたのですぐ来てしまいました。
 最終列車を迎え撃つため、さらに一駅先の長安寺駅に向かいます。
 長安寺の駅も駅舎も駅名標も旅客営業時代のまま残っていました。
 長安寺駅から徒歩で15分ほど日頃市側に戻った直線の終わりで、正面から機関車メインで撮影することにします。
 ただ単に、時間が無くて撮影ポイントが見つけられなかっただけなのです。
岩手開発鉄道 日頃市~長安寺間
 本日の最終列車の撮影が終わったので、全駅のチェックをすることにしました。
 日頃市駅も駅舎が残っており立派な貨物用ホームも残っています。
 猪川駅は高い位置にあった駅へのアプローチの階段は残っていましたが、ホームなどは一切撤去されていました。
 盛駅もしっかり駅舎が残っているのが踏切から確認できました。
 ここはとりあえず機関区を先に見ます。
 機関庫の中には機関車が1両休んでいました。
 駅に戻るとホームに機関車が1両います。撮影しているうちにもう1両が連結されました。
 駅の様子やら機関車を撮影しているうちにもう1両の機関車が連結されて3重連になりました。
岩手開発鉄道 機関車三重連
 慌てて踏切を渡って線路の反対側に出ると、踏切が鳴り始め3重連となった機関車が機関区に向けて発車していきました。
 列車が運休となったため庫に収納するための回送3重連になったようである意味ラッキーです。
 惜しむべきは走行列車を撮ると思っていなかったので、広角レンズしかカメラに付いていなかったので引き寄せることが出来なかったことですね。
 再び機関区に戻ると、岩手開発鉄道の関係者が「今、3重連走ったぞ撮れたか!」と言いながら来ました。「撮ったよ!」と返したら笑いながら本社の敷地に消えていきました。
 最後は赤崎駅に寄っていきます。
 こちら側の線路は元々旅客営業はしていませんでしたので特に何かがあるわけではなく、セメント工場の付属施設のとしか見えませんでした。
==コメント==
こんばんは。
お伺いしたいのですが、盛駅構内で岩手開発鉄道とJRの線路は狭軌鉄道同士、一応はつながっているのでしょうか?
直通運転が無いだけに、この点が非常に興味深いです。
投稿者 3099レ 2008/02/20 22:48
==コメント==
最近は分かりませんが繋がっていました。
JRの線路は盛駅で終点ですが、線路は岩手開発の日頃市線の線路と平行してしばらく延びていました。
終端からはスイッチバックする形で、JRと岩手開発の間に線路が延び、岩手開発の赤崎線側に合流する形だったはずです。
直通して岩手石橋駅まで行くと盛駅で2回、岩手石橋駅で1回スイッチバックすることになります。
投稿者 KD55-101 2008/02/20 23:51

東北撮影旅行 その9

 仮設住宅氏が、箱で良いのでやっぱり仙人水を買うとの話になり、再び釜石鉱山の事務所に戻ります。
 最初に寄ってから40分以上経っており、カメラのカウンターも120枚近く進んでいます。
 この間何をやっていたかは想像にお任せしておきます。
 事務所へは先ほどとは違い駐車場側から入りました。
 さて仙人水を積み込んで広い駐車場をぐるりと反転すると、機関車が目に飛び込んできました。
 ここには鉱山で使用していた電気機関車が展示してあったのです。 少し疲れていた私は、車の中からパチリと手抜き撮影だけ、仮設住宅氏がちゃんと撮っていたので後で見せてもらうことにします。
 今度は釜石線の洞泉駅近くの、昔、日鉄鉱業線と釜石線が交差していた場所に行ってみました。
 に日鉄鉱業線が廃止されてから時間が経っているため、道路となっています。
 この場所は鉄道廃線跡を歩くの3巻に載っている場所です。
 本に載っている写真と大きく変わっている点は、釜石線の遙か上空を建設中のバイパスの橋が架かっていることです。
 次の目的地は岩手開発鉄道、この場所からだと山を2つ越えていけば岩手石橋駅に出られますが、道が細いと想定されるのが問題です。
 釜石・盛回りと検討した結果、山越えを選択しました。
 やはり道は狭く気が抜けない道でしたが、幸いにも対向車が少なかったため助かりました。
 最初の山を越えると、釜石線の上有住駅がありましたので、寄り道していきました。
 駅の周辺には何もない駅でした。
 しかし、この何もない場所に、JPの方らしい人、測量に来た人、私たちと人が集まってしまいちょっとだけ賑わってました。
 ちょうど列車が来たので撮影すると、この旅行中見飽きた感のあるキハ100系がやってきました。
 個人的にはこの車両自体は嫌いではないのですが、緑の中を白と緑系の塗色の車両だと目立たないので今ひとつの感じを受けています。
 やはり旧国鉄色は良いですね。
 撮影を終えて、岩手石橋駅へ向かいます。
 2回目の山越えは道幅も少し広くなり手こずることはありませんでした。
 岩手石橋駅へは仮設住宅氏が旅客営業をしていた頃に来ていたので、迷うこともなくあっさり到着、当時の駅舎もしっかり残っているようです。
 ゆっくりする間も無く列車が遠くのカーブから顔を出しました。
 そのまま構内に向かってくるのかと思いきや、エンジンを吹かす音はすれども列車は一向に進んでいません。
 機関車が故障したのかと思っているうちに1分ほど経ち、列車は進み始めました。
岩手開発鉄道 DD5652
 写真をクリックするとホームページに飛びます。
 岩手開発鉄道の方たちは、写真を撮りに来る人達に理解があるようで機関車のライトを付けたり消したりしてくれました。ありがたいことです。

東北撮影旅行 その8

 仙人トンネルを越えると下り坂が続きます。
 勾配を下っている最中、右手に踏み切り警報機が一瞬見えました。
 ここら辺は釜石鉱山のテリトリー、その関連施設か?チェックは後にして陸中大橋駅へ向かいます。
陸中大橋駅のホッパー
 写真をクリックするとホームページに飛びます。
 陸中大橋駅には釜石鉱山からの積み出し施設として使用していた、コンクリート製のホッパが残っていました。
 駅を見ていると列車の警笛が山の上から聞こえ、良く見ていると列車が走って来ます。
 その位置から半ループのトンネルを抜けて180度向きを変えてこの駅に到着する線形になっています。
 山の上に列車が見えて1分以上が経ってからトンネルを抜けた列車が駅に到着しました。
 列車は110系3連の快速列車で、昔の急行陸中を格下げした列車だと思われます。
 ちなみにこの110系はパイプを使用したスカートが着いている初期車でした。
 この時間に停車列車は無かったのですが、列車は停車しなかなか発車しません。
 しばらくすると花巻方面行きの快速がやってきて行き違いとなりました。
 列車がいなくなった後、じっくりと駅周辺施設の撮影をしています。
 釜石鉱山では地下で湧き出す水を仙人水と言う名で売り出しています。
 仮設住宅氏が欲しいと言うので釜石鉱山の事務所まで行きました。
 仙人水の搬出にはトロッコを使用しているのが分かっていましたので、ついでに見学が出来ないのかも聞いてみます。
 結果、この事務所では仙人水の1本売りはしておらず12本の箱売りだけでした。見学もこの場では許可が出ませんでした。
 今度は先ほどの踏切が見えた場所まで戻ってみます。
 事務所のちょっと先から、釜石鉱山の建物がよく見える場所に出ましたので撮影しておきます。
 建物の上の方に線路があるのが確認できました。
 踏切の場所に着くと、この場所は釜石鉱山の採鉱事務所と書いてあり立ち入り禁止になっています。
 道路より高い位置に踏切が見え、さらに道路を跨いで線路があるようですが中の様子は見えません。
 周りを見ると、すぐ近くに、ブレーキが故障した車を突っ込んで停車させる施設があり、そこに上がると構内の様子を何とか見ることが出来ました。
 山に突っ込むトンネルあり、踏切あり、反対側もトンネルあり、分岐する線路もありました。
釜石鉱山 トンネル1
 写真をクリックするとホームページに飛びます。
 この構内にに入れたら楽しそうです。

東北撮影旅行 その7

 3日目は朝から晴れです。
 釜石鉱山に向かって車を走らせます。
 走っていく途中にJR釜石線のめがね橋があり、見た感じが良いので有名な場所です。
 今回の旅行は地図とナビを併用していたのですが、お互いにめがね橋の位置が違っていました。
 ナビの位置には道の駅があったので車を止めて撮影します。
 残念ながら列車は来ませんでしたので、絡めての撮影はできませんでした。
 橋梁の横には、軽便鉄道時代の橋脚・橋台が残っています。
 この橋の形を見て、めがねなら輪っかが多いと思います。
 地図の方の位置が正解だったのでしょうか?疑問を残したまま次に向かいます。
 JR釜石線に沿って走っているので、途中の岩手二日町駅と足ヶ瀬駅にも寄ってみました。
 足ヶ瀬駅では列車が来たので撮影、キハ100系の2連でした。
 ここから線路と道路はルートが離れます。JRは仙人トンネルなどを抜けて陸中大橋駅まで峠をくぐっていきますが、軽便鉄道時代は峠を挟んで線路は繋がっていませんでした。
 峠の荷物の搬送は、索道を使用して陸中大橋駅まで運んでいたそうです。
 何処が軽便鉄道の終点か、また、索道の起点かははっきりしませんが、国道の仙人トンネル入り口付近を探索してみました。
 すると旧釜石街道の仙人峠への道を発見したので、ちょっとだけ歩いてみます。
仙人峠のレール
 上の写真をクリックするとホームページに飛びます。
 入ってすぐのところでレールを発見しました。
 敷設してあったわけではなく土留めの柱として使用されています。
 レールはあからさまに細く、トロッコか何かに使用されていた物のようです。
 ちなみにレールは太さの違う2本を発見できました。
 この峠から索道の痕が見えるという話なのですが、全行程3時間掛かるようなので諦めています。

東北撮影旅行 その6

 朝は大雨だった岩手県まで再び戻って来ると、八戸まで一気に遠征した甲斐があり、ちゃんと雨が止んで晴れていました。
 今晩の宿は、地図に花巻駅前にビジネスホテルらしいのが載っていたのでそこを目指しました。
 花巻駅前には平成の頭の方に一度やってきた事があります。
 さすがに15~16年経っていたので、綺麗整備され大きく変わっていました。
 その時は木造の歴史のある駅前旅館に泊まった記憶があります。
 駅前のビジネスホテルに着きチェックインする時に話をしていたら、偶然にもここが昔の駅前旅館でした。
 東北本線が開通した頃に、旅館を開業したと前に泊まった時に話を聞いた気がします。
 さすがに旅館の形態では現代ではきついと見え、ビジネスホテル風に改装したみたいです。
 旅館時代の建物は味があって良かったのでちょっと残念でもありました。
 部屋に入って窓を開けると花巻駅のホームが良く見えます。
 荷物を置くとカメラだけ持って外に出掛けます。
 この花巻には昔、花巻電鉄がありました。JRの花巻駅の裏に花巻電鉄の駅があり花巻温泉まで行く線と鉛温泉まで行く線がありました。
 駅から鉛温泉へ向かう線路跡は、自転車用の道路になって残っていました。
 そこを辿って歩いて行くと右側に花巻電鉄で使用されていた車両が保存されています。
花巻電鉄 デハ3
 上の写真をクリックするとホームページに飛びます。
 車両は馬面電車と呼ばれていたナローの電車で、デハ3でした。
 保存場所は屋根付きで、金網の中に保存されているので保存の状態は良いですが、写真を撮るには不向きです。
 暗くなるとライトアップもされるようになっていました。
 デハ3のすぐ横の道路が鉛温泉に向かっていた鉛線の跡です。
 今度は東北本線を陸橋で越え駅前に戻ります。
 この駅前からも線路が延びていました。こちらは現在の釜石線の前身に当たる岩手軽便鉄道です。
 駅の跡に石碑だけ残っていました。

東北撮影旅行 その5

 次の目的地は新井田小学校。
 ここには昔セメント輸送に活躍したトロッコがあるという情報があり、行ってみることにしました。
 途中、八戸線の白銀駅近くを通ったので、ちょっと寄り道します。
 昔はここからも港に向かう線路があったようなのですが、痕跡は分かりません。
 八戸線の列車が来たので、キハ40系の2連を撮影しています。
 目的地の新井田小学校は小高い山の上にありました。
 事務室に挨拶に伺い写真の撮影許可を許可を求めました。
 対応してくれた女性の方は、そんな写真を撮りに来るような大層な物があったのかな?という対応、写真を撮りに来たのは初めてだとおっしゃっていました。
 女性の方の案内で歩いて行くと、おっ、ありました。機関車+無蓋車+無蓋車+人車の4両編成です。
 この場所は、学校敷地に入ってすぐのところにありますが、プールの脇です。
 無断で入って、野郎二人がカメラ持ってプールの脇にいたら間違いなく警察に通報されてしまいます。
 ちゃんと許可を取って良かった良かった。
新井田小学校のKATO君
 上の写真をクリックするとホームページへ飛びます。
 このトロッコ、八戸セメントで昭和48年まで使用されていた物のようです。
 地下にベルトコンベアが出来て使われなくなったと案内板に書いてありました。
 機関車はKATO君です。
 女性の方と話している時に、経緯は知らないが、トロッコ道と呼ばれている道が近くにあると教わりました。
 地図を見てると、何となくその道らしき道路が延びているのが分かり行ってみることにします。
 現地に行くと、元々の道と線路跡の道が平行しており、一方通行の道としてセットで使われていました。
 道路の終点から逆側には地図上には細い道があるのですが、曲がる場所がはっきりしません。
 先に行って終点の方向に向かうと、築堤がまだ残っていました。
 築堤を探索した時点で14時半。もう今日は撤収します。
 何故ならば今日の宿は明日の行程を考えて花巻なのでした。

東北撮影旅行 その4

 7月13日の朝は、一関のビジネスホテルで目を覚ましました。
 外は結構な雨が降っており、テレビの天気予報でもこの地方一帯は雨だと伝えています。
 当初のこの日の予定は、岩手開発鉄道・釜石鉱山をメインにしていました。
 ノートパソコンでネットの天気予報をチェックすると、この地方は明日は雨ではなく、八戸まで出てしまえば今日は曇り。急遽予定を変更して八戸臨海鉄道まで行くことにしす。
 高速を飛ばして10時過ぎに八戸に到着しました。
 最初の列車が来るまであまり時間がありません。
 1日4往復と数が少ない臨海鉄道なので、次の列車の撮影で良いやとはならず、川の土手沿いからとりあえずの撮影となりました。
八戸臨海鉄道 DD562
 上の写真をクリックするとホームページへ飛びます。
 機関車はDD562号機、国鉄のDD13タイプです。
 最初の列車の撮影後、対岸に渡り定期列車が走っていない線を探索してから、臨海鉄道終点の北沼駅に向かいます。
 線路は途中から太い道路と平行して走っており、ヤードらしき物も見えました。
 しかし、車を駐車できるスペースが無くいったん通過します。
 地図上で線路の終端となっている場所は製紙工場の敷地となっており、道路も続いていません。
 製紙工場近くの太い道路は道は道幅も広く、交通量も少なく車を駐車するにはちょうど良いけど、列車の走行を撮るにはちょっと遠いのです。
 来た道を戻って違う駐車場所を探そうとUターンした瞬間、製紙工場の中に機関車がいるのが見えてしまったため、そのままさらにUターンして道路上で360度回ってしまいました。
 製紙工場の敷地を外から覗くと、多数のコンテナ車と機関車が2両います。
 Uターンの時に目に入ったのはD727機関車。工場の中に入るからなのか屋根が妙に低いです。
 車両の配置と線路の配置から考えると、次に到着する列車が入って来ることができません。
 そのことから考えると、途中に見えたヤードが北沼駅だと暫定で決定します。
 八戸貨物駅からきた列車は北沼駅まで、ここから発送の列車も別の機関車で北沼駅まで持って行き、お互いの車両を取り替えて戻る運用だと考えました。
 製紙工場の構内では機関車がコンテナ車の移動を続けています。
 八戸貨物駅からの列車が北沼駅に到着する時間が近くなったので、製紙工場と北沼駅の間にちょっとだけ移動、案の定すぐに踏切が鳴り始めて、製紙工場から推進運転でコンテナ車が出てきました。機関車はDD352です。そのまま北沼駅に入って見えなくなるかと思ったら、見えるところで止まってしまいました。
 全然動かなくなり、北沼発の列車が発車するまで時間があったので少し距離がある北沼駅まで徒歩で移動する事にしました。
 歩いていくと北沼運動公園というのがあり、位置的に北沼駅の後ろだと感じたので中に入っていくと、見事に駅に出ることができましたので、牽引機のDD562号機を再び撮影することができました。
 さらに15分ほど歩いて、八戸貨物駅行きの列車を撮影しています。
 この後は違う目的に向かって移動です。 

東北撮影旅行 その3

 今度は終点の細倉マインパーク前駅を通り越して、名前の由来となった細倉マインパークへ向かいました。
 平日だったからなのか、人があまりいない寂しいマインパークに到着。
 昔の坑道を利用した色々な展示が見られるのが売りのようです。
 湿気が多くかなり蒸し暑い日だったので、涼むのにちょうど良いかなと思ったらちょっと寒いです。
 ここは40分ほどの見学時間があり、中の展示は、最初のうちは鉱山の仕組みとか、掘り出す作業を解説していく展示がありました。
細倉マインパーク バッテリーロコ
 上の写真をクリックするとホームページに飛びます。
 バッテリーロコやトロッコも展示してありしっかり撮影しています。
 こういう物があるのを期待して入ったようなものですので。
 さらにその先のゾーンに進むと、何が見せたいのか全然わからない世界に迷い込んでしまいました。
 はっきり言ってつまらないというのが私たちの感想です。
 つまらなかろうが坑道は続き嫌でも付き合わされてしまい、40分は長すぎでした。
 外の世界に戻り、細倉マインパーク前駅に移動します。
 駅前には栗駒電鉄時代の1983年に廃車となった、ED202とワフ71が展示されていました。
 元々は軌間762ミリの車両だったのを1067ミリに改造しているので、台車が妙に大きいのです。
 保存状態は良いとは言えず、塗装は色褪せて錆びてしまっており、この先がとても心配です。
 以前の旅客営業の終点であった細倉駅跡まで歩いてみました。
 駅舎自体は塗装屋さんなどが入って使用している様子です。
 ホームはそのまま残っており、駅名票も1枚残っています。
 さらに転轍てこも残っていました。
 再びマインパーク前駅まで歩いて戻ると、保線小屋としていた建物が2棟あり、おじさんとおばさんが解体作業を少しずつ進めている様子でした。
 片方の小屋の扉の下からレールが見えていたので中をのぞくと、保線用のトロッコやら色々な物が雑然と入ってました。
 この分ではこの小屋は近いうちに無くなってしまうと思われます。
 15時を過ぎたのでそろそろ撤収の時間が近づいています。
 栗駒駅方面に戻って途中で列車を1・2本撮って宿に向かおうと思っていました。
 道路を走っていると、踏切が鳴っているのが見えます。
 あれ?こんな時間には列車がないはずなのにどうしたのだろうと思いつつ、鶯沢駅で16時20分の石越行きを撮影することにしました。
 駅には15時50分に着いて、列車が来るまで駅の近辺を撮影しながら待ちます。
 駅のホームには近くの小学校の女の子が列車を待っていました。
 16時10分頃を過ぎた頃、女の子が話し掛けてきました。
 「マインパーク行きもう行きましたか?」見てないけど変なタイミングで踏切が鳴っていたのを教えてあげたら、トボトボと小学校に戻っていきました。
 次の列車は1時間後です。何かトラブルが発生したのか?
 16時20分、列車はやはりきません。
 別の場所で撮影している仮設住宅氏と連絡を取り、40分まで粘ることにしましたが、結局、来なかったので撤収となりました。
 栗駒駅の近くをもう一度通るついでに、駅構内をのぞいて見ると、その次のマインパーク前行きらしい列車と反対ホームには石越方向に行くらしい列車がみえました。
 平常ダイヤではこの駅での行き違いは無かったはずなので、やはり何かのトラブルがあったようです。
 ある意味貴重な栗駒駅での行き違いを撮影し、今晩の宿を探しに一関に向かったのでした。
==コメント==
はじめまして
ブログ見ました。
>何が見せたいのか全然わからない世界
そうなんですよね・・・
わけわからんとこでした。
廃止したり、はたまた新しく箱物作ってみる前にちょっとは考えてからやってほしいもんです。
投稿者 K 2007/02/04 17:37
==コメント==
K様もやはりそう感じましたか。中で撮った写真を見直してもやっぱり意味不明だし、不気味なところもありました。ちなみに私達の後ろにいたお客はショートカット道を使って早々に消えてしまいました。「ちょっとは考えてからやって」というより「ちょっとしか考えないでやった」結果だったりして。
投稿者 kd55-101 2007/02/04 20:09

東北撮影旅行 その2

 くりはら田園鉄道沿線に到着、ロケハンを兼ねて車を走らせます。
 さすが田園鉄道というだけあり、田んぼの中を線路は走っていました。
 まずは列車時刻の確認をするため津久毛駅に立ち寄りました。
 津久毛駅の近くには栗原電鉄時代の変電所があります。
 この駅は昔は交換可能駅だったようで、線路は撤去されていますがホームの跡は残っていました。
 無人化はされていますが、駅舎が残っていて、民間の工場か事務所に使われているようです。
くりはら田園鉄道 津久毛駅
 上の写真をクリックするとホームページに飛びます。
 一通り駅周辺を撮影し、列車は当分来ないので杉橋駅、鳥矢崎駅を撮りつつ移動です。
 この二つの駅は駅舎のないホームだけの小さな駅でした。
 途中、遠くの山に雪が残っているのをバックに、線路は田んぼの中を走っている場所がありました。
 ここで列車が来れば絵になるのですけれど、時間がもったいないので先に進みます。
 栗駒駅までやってきました。
 ここは駅員の配置もある大きな駅となっています。
 せっかく来た記念に、絵はがきのセットとCD付きの記念乗車券を購入しました。
 この栗駒駅には腕木信号機があり、列車と絡めての撮影をすることにしましす。
 この駅近辺で2本の列車を撮影し、近くの風土館で少し遅い昼食タイムです。
 この風土館でちょうどくりでんの歴史展をやっていました。
 食べ終わってもう1本撮影して歴史展を見ていきます。
 展示物は昔使われていた物や、古いダイヤ、貴重な写真など色々ありました。

東北撮影旅行 その005

 仙北鉄道はかつて2路線が存在しており、まずは登米駅から瀬峰駅までの登米線跡を辿っていきます。
 あっちこっちと迷いながら痕跡を探しますがなかなか見つかりません。
 事前の調査が不足していたため、明確な場所が分からなかったのでした。

060712-045x.jpg
 それでも何となく廃線跡かなと思われる道を走ります。
 たまたま交差点で停止したら、交差点斜め向かいの商店に上沼駅前の文字を発見しました。

060712-035x.jpg
 他に何か無いかと周囲を見渡します。
 あっ怪しい物発見!

060712-038x.jpg
 近くの民家にくっつく様に貨車の廃車体があったのです。

060712-040x.jpg
 近くに行くと小型の木造有蓋車です。
 幅から見てナローゲージだった仙北鉄道の貨車だと思われます。

060712-041x.jpg
 下部にはバッファーの取り付け跡も残っています。

060712-042x.jpg
 民家の物置として使用されているようです。

060712-044x.jpg
 うっすらと社紋の跡が木製の扉に残っています。
 残念ながら車番の方は消えていました。
 (2014年6月ブログリニューアルの時に画像処理をやり直したら、6枚目の写真の民家側の扉に社紋とワ61と車番が何とか消えずに残っているのが分かりました。)

●● 大きな画像はこちらから ●●

【廃線】【廃車体】【貨車】【宮城県】【仙北鉄道】【東北撮影旅行】

KD55-101より

 2014年9月27日(土)

 姉崎機関区更新休止中。
 新・姉崎機関区は毎日更新中です。

 ●● 動画リンク先 YouTube ●●

 

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